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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2952号 判決 2000年5月11日

控訴人・附帯被控訴人(以下「一審被告」という。)

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

新井章

加藤文也

被控訴人・附帯控訴人(以下「一審原告」という。)

乙川春子

右訴訟代理人弁護士

安藤憲一

郷原友和

主文

一  一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

二  一審原告の請求を棄却する。

三  一審原告の本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  一審被告

主文と同旨

二  一審原告

1  原判決の主文第一項を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、六一万〇〇〇六円及びこれに対する平成八年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審被告の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて、一審被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  一審原告の主張

1  一審被告は、東京都新宿区において産婦人科医院「甲野医院」を営む医師である。

2(一)  一審原告は、新宿区が費用を負担して行う乳癌、子宮癌及び大腸癌の三種類の癌検診を受けるために、平成八年一〇月一日、甲野医院を訪れ、当日、一審被告から乳癌及び子宮癌の検診を受けた。

一審原告は、右子宮癌検診に引き続いて行なわれた保険診療のうち、超音波断層撮影と腫瘍マーカーCA一二五の精密測定のみを承諾したが、一審被告は右超音波断層撮影と腫瘍マーカーCA一二五の精密測定のための採血以外にも、末梢血液一般検査、生化学検査及び腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定のための採血をもした。

一審原告は、同日、右診療報酬の自己負担分(三割)として一審被告に九〇五〇円を支払った。

(二)  一審原告は、同年一〇月一一日、一審被告に電話をかけ、右の検査結果を聞いた。

(三)  一審原告は、同年一〇月二二日、甲野医院を訪れ、大腸癌検診のための検体(採取した便)を提出した際、先の検査結果を聞き、同日の診療報酬の自己負担分(三割)として四二〇円を支払った。

(四)  一審原告は、同年一一月二六日、甲野医院を訪れ、紹介状とトローチを受け取り、その診療報酬の自己負担分(三割)として三五〇〇円を支払った。

3  一審被告が一審原告に対して請求した右の自己負担額の計算の基礎とした右(一)ないし(四)に関する診療報酬点数は、別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載されたとおりである(この点数に一〇円を乗じた金額が一審被告の診療報酬額である。)。

4  しかし、一審被告の右診療報酬点数は、別紙一覧表の「一審原告主張点数」欄に記載のとおり、過大であるかあるいは虚偽架空ないしは一審原告の同意のない無断診療行為によるものである。すなわち、

(一) 平成八年一〇月一日分

別紙一覧表の番号①の末梢血液一般検査、末梢血液像、②の生化学検査については、一審原告はそれを説明されておらず、したがって、その検査を受けることを承諾したこともないから、それらについての診療報酬請求は不当である。

③のうちの腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定についても、一審原告はその測定をすることを説明されておらず、したがって、その測定を承諾したこともないから、それについての診療報酬請求も不当である。

⑦の膣洗浄は行われていない。

⑧の処方調剤、薬剤情報加算、⑨の薬剤については、一審原告は、当日何らの投薬も受けていない

⑩の初診料は、たとえ癌検診から保険診療に移行した場合であっても、新宿区と検診実施医療機関との癌検診委託契約により新宿区の負担とされているから、癌検診の受診者にそれを請求することは不当である。

(二) 平成八年一〇月一一日分

一審原告は時間内に一審被告に電話をかけて検査結果が出ているか否かを聞いたにすぎず、検査結果の説明は検査に当然伴うものであるから、時間外電話再診料の請求は不当である。

(三) 平成八年一〇月二二日分

一審原告は大腸癌検診のための検体を提出し、その際に先の検査結果を聞いたにすぎず、右のとおり、検査結果の説明は検査に当然伴うものであり、新宿区の行う三種類の癌検診を受け終わるためには、一審原告においてまず受診し、その上で検査結果の説明を受けるなど、少なくとも三回は一審被告のもとに行く必要があるから、再診料及び外来管理加算の請求は不当である。

(四) 平成八年一一月二六日分

別紙一覧表の番号①の初診料の請求は、前記のとおり、不当である。②の膣洗浄、③の超音波断層撮影は行われていない。現に、超音波断層撮影写真は存在しない。

④の診療情報提供書(紹介状)の作成を一審原告が一審被告に依頼したことはない。仮に依頼したとしても、本件において、一審被告は「診療状況を示す文書を添えて」患者の紹介を行なったものではないから、紹介状作成の報酬を請求することは不当である。

5  一審被告の右不当算定点数は合計三三三三点(四三二一点−九八八点)になるが、一審被告は、これらが不当な算定点数であることを知りながら、一審原告に対して、詐欺の意思を持って、その三割を自己負担として請求し、よって、合計1万0006円(1万2970円−9880円×0.3)を騙取したものである。

6  一審原告の損害

一審被告の右不法行為(詐欺)による一審原告の損害は、次のとおりである。

(一) 財産的損害 右一万〇〇〇六円

(二) 精神的損害 五〇万円

一審原告は、一審被告の詐欺行為により、医師不信に陥り、自己が癌に罹患しているのではないかとの不安感に襲われるなどの精神的苦痛を被った。これを慰謝するには五〇万円を下らない金銭が必要である。

(三) 弁護士費用 一八万一六二三円

7  よって、一審原告は、一審被告に対し、不法行為(詐欺)による損害賠償として、合計六九万一六二九円の内の六一万〇〇〇六円とこれに対する不法行為の後である平成八年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  一審被告の主張

1  一審原告に対する子宮癌検診において卵巣腫瘤が認められたため、一審被告は、一審原告の承諾を得て、以後の子宮癌についての診療を有料の保険診療に移行させ(以下、これを「本件保険診療」という。)、保険診療として超音波断層撮影等を行なった(新宿区の無料癌検診には超音波断層撮影等は含まれていない。)。

2  一審原告が本件保険診療による診察を受け、その診療報酬の自己負担分として平成八年一〇月一日に九〇五〇円を、同年一〇月二二日に四二〇円を、同年一一月二六日に三五〇〇円を一審被告に支払ったこと、一審被告が右の自己負担額を算定するための基礎とした診療報酬点数が別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載された点数であること、その点数の中に一部過大なものがあったことは認めるが、一審被告が故意に詐欺行為を行って金員を騙取したとの事実は否認する。すなわち

(一) 平成八年一〇月一日分

別紙一覧表の番号①②の検査をすることについては、これを一審原告に説明してあり、その上で採血をしている。

③のうちの腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定についても、腫瘍マーカーCA一二五の精密測定の説明をしたときに説明をしており、その上で採血をしている。

⑦の膣洗浄も、⑥の超音波断層撮影に先だって行っている。

⑧⑨の投薬もしている。ツムラ温清飲一四日分とコタロー黄連解毒湯一四日分がそれである。ただし、一審被告は点数を過り、四二八点{三九二点(一八点×一四+一〇点×一四)+三六点}とすべきところを一一九七点(一一六一点+三六点)と過大に計算してしまった。しかし、それを故意に行ったわけではない。

⑩の初診料は、本件保険診療における初診料であるが、新宿区の無料癌検診から保険診療に移行した場合の保険診療における初診料については、明確な定めがあるわけではなく、その初診料は請求することができないものと解されているようではあるが、当時、一審被告はそのことを知らず、むしろ、初診料を請求できるものと考えていた。

(二) 平成八年一〇月一一日分

一審原告は、一審被告の休憩時間中の午後二時ころに電話をかけてきて、血液検査の結果を聞いてきたので、一審被告は、軽い貧血である旨、食事については鉄分等を多く含むものを摂るようにする旨、細胞診については異常がない旨、腫瘍マーカーについては正常値の上限である旨を伝え、精密検査の必要性など他に説明すべきものがあるので来院するよう指示した。これは血液検査結果の説明とそれに基づく指導であって、再診である。時間外電話再診料の請求は何ら不当ではない。

(三) 平成八年一〇月二二日分

一審被告は、その来院の指示に従って来院した一審原告に対し、血液検査の結果について、数値を示しながら、肝機能は異常がない旨、軽度の貧血がある旨、腫瘍マーカーについては正常範囲の上限である旨、腫瘤はそれほど大きくはないが、病院でCTスキャンやMRIなどの精密検査を受けた方がよい旨、等を説明した。しかし、一審原告が精密検査を受けることを承知しなかったので、一審被告は、一般的な注意を与えて一審原告に対する診察を終了とし、「異常なし」の欄に○印を付した「平成八年度新宿区子宮がん検診結果のお知らせ」と題する書面を一審原告に手渡した。したがって、再診料の請求及び外来管理加算は何ら不当ではない。

(四) 平成八年一一月二六日分

一審原告は、この日突然に来院して、一審被告に対し、精密検査を受けるための紹介状の作成を依頼した。そこで、一審被告は、紹介状を作成するにあたり再度超音波断層撮影を行って卵巣腫瘤を確認することとし、一審原告に対し膣洗浄を行った上で、改めて超音波断層撮影を行い、卵巣腫瘤のあることを再確認して、癌研附属病院宛の診療情報提供書(紹介状)を作成した。

前回の診察から一か月以上が経過しており、しかも、診療行為は前回に中止で終了しているのであるから、初診料は当然に請求できるものである。

3  一審被告の別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄の合計点数四三二一点の中に過大算定点数七六九点(一一九七点−四二八点)(平成八年一〇月一日分の⑨)が含まれていること、また、仮に同日の初診料が請求できないとすれば、その点数二五〇点(同⑩)を含めて過大算定点数が一〇一九点となることは認めるが、それについて、一審被告が不当請求であることを知りながらあえて一審原告から三割の自己負担分を受領して騙取したものであるとの点は否認する。一審被告は過って過大に請求したものであり、また、初診料を請求することができないことも知らなかったのである。過大請求額三〇六〇円(1万0190円×0.3。四捨五入)を不当利得として返還すべき義務があることは認める。また、もし同年一〇月一一日の時間外加算分も過大請求に加えるとすれば、六五〇円の三割に当たる二〇〇円(四捨五入)が加算されて、返還すべき金額が三二六〇円となることは認める。

第三  当裁判所の判断

一  認定

証拠(甲一の1ないし3、二ないし五、六の1、一一の1ないし3、一二、乙一、二の1ないし3、三ないし五、七、九ないし一一、一八、二五ないし二九、三六、原審及び当審における一審被告、原審における一審原告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  東京都新宿区は、区民に対して平成八年度無料癌検診の受診をすすめ、その検診票を送付した(この無料癌検診は自費診療に当たり、その診療報酬を新宿区が負担するものである。)。その無料癌検診の内容は、子宮癌検診については、「問診・視診・細胞診・内診(双合診)及び必要に応じてコルポスコープ検査」であり、それ以外のものは含まれておらず、また、この子宮癌検診については、一次検診の結果だけで正確な診断ができない場合に行われる精密検査は予定されていなかった。(甲六の1)

2  一審原告は、平成八年一〇月一日、新宿区が行う右の乳癌検診、子宮癌検診及び大腸癌検診の三種類の癌検診を受けるために、指定実施医療機関である甲野医院を訪れた。甲野医院の診療時間は午前九時から一二時までと午後三時から六時までであった。

一審被告は、あらかじめ質問書(乙七)に回答させた後、一審原告に対して問診を行い、そして、次のとおりの診療行為を行った。なお、右の質問書には、一審原告において生理痛が重く下腹部が痛む旨の記載があった。

(一) 一審被告は、まず、診察室において乳癌検診を行ったところ、触診で乳房に通常よりも硬い乳腺を触れ、また、以前に石灰化があると言われたとのことであったため、都立大久保病院で第二次検診(レントゲン撮影)を受けるよう指示して、精密検査のための依頼状を作成した。

(二) 次に、一審被告は、処置室で子宮癌検診を行い、子宮及び卵巣に対する内診を行ったところ、子宮の右側に硬い腫瘤を触知した。そこで、一審被告は卵巣に対する異常を疑い、子宮頸管及び膣部の細胞を採取して固定した後、一審原告に対して、超音波断層撮影を受けた方がよい旨、しかし超音波断層撮影は無料癌検診には含まれておらず保険診療であって有料である旨を告げて、その意思を尋ねたところ、一審原告が超音波断層撮影を受けることを了承したため、一審原告が保険証を持参していることを確認した上、以後の診療を保険診療に移行させた。

そして一審被告は、一審原告に帯下が多かったことから膣洗浄を行い、プローブを膣内に挿入して超音波断層撮影を行った。その結果、右卵巣に約三センチメートル大の充実性の腫瘤を認めたため、一審被告は、これをモニター画面で一審原告に見せて、その画像を撮影した(乙二の1ないし3)。一審被告は、一審原告が「生理痛がかなりひどい。」旨を重ねて答えたことから、一審原告に子宮内膜症をも疑った。

診察室に戻った一審被告は、まず、一審原告の強い生理痛に対する処方として漢方薬を投与することとし、一審原告にこれを告げてツムラ温清飲(顆粒)とコタロー黄連解毒湯(カプセル)を各一四日分処方し、一回の服用量や服用時刻等を指示した。

そして、一審被告は、卵巣の腫瘤が悪性であるか否かを判断するために腫瘍マーカーCA一二五とCA一九―九の測定を行う必要があるものと判断し、また、一審原告の投薬前の身体の状態を把握するためにも貧血の検査、総蛋白、GOT、GPT等の検査を行う必要があるものと考え、その旨を一審原告に説明して了承を得た上、看護婦をして一審原告から三本分の血液を採取させ(原審における一審原告)、一週間後位に検査結果が分かる旨を告げた。

一審被告は、右の保険診療(本件保険診療)の診療報酬点数として、別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載のとおり、合計三〇一六点を算定し、その金額三万〇一六〇円の三割に相当する九〇五〇円(四捨五入)を一審原告に請求して受領した。しかし、同欄の番号⑨の薬剤については、実際は三九二点が正しい点数であったため、一審被告はその差額七六九点七六九〇円を過大に算定していた。また、同欄の⑩の初診料については、当時、一審被告は新宿区の癌検診から保険診療に移行した場合でも保険診療としての初診料を請求し得るものと考えていたことから、その計上に何らの疑問も抱かなかった。

(三) 大腸癌健診については、一審被告は、便潜血検査を行う旨を説明して、二日分の採便のための容器二個を手渡し、できるだけ早く持参するよう指示した。

3  一審原告は、一審被告の診療時間外である平成八年一〇月一一日午後二時ころ一審被告に電話をかけ、先の血液検査等の結果を尋ねた。

一審被告は、一審原告に対し、軽い貧血である旨、食事については鉄分やビタミン類等を多く含むものを摂るようにする旨、細胞診については異常がない旨、腫瘍マーカーについては正常値の上限である旨を説明し、そして、精密検査の必要性があることなど他に説明すべきことがあるので来院するよう指示した。

一審被告は、右を時間外電話再診とし、時間外電話再診料として、別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載のとおり、再診料七〇点及び時間外加算六五点の合計一三五点を算定し、その金額一三五〇円の三割を次回の来院時に一審原告に請求することとした。

4(一)  一審原告は、平成八年一〇月二二日、一審被告の右の指示に従って、大腸癌検診の検体を持って甲野医院を訪れた。一審被告は、来院した一審原告に対し、血液検査の結果について、数値を示しながら、肝機能は異常がない旨、軽度の貧血がある旨、腫瘍マーカーについては正常範囲の上限である旨、腫瘤はそれほど大きくはないが硬いので、大きい病院でCTスキャンやMRIなどの精密検査を受けた方がよい旨等を、他の患者の症例を挙げつつ重ねて説明し指導した。しかし、一審原告が一審被告の説得にもかかわらず精密検査を受けることを希望しなかったため、一審被告は、精密検査を受けさせることを断念し、一般的な注意を与えて一審原告に対する診療を終了(中止)とし、「異常なし」の欄に○印を付した「平成八年度新宿区子宮がん検診結果のお知らせ」と題する書面(甲一の1)を一審原告に手渡した。

(二)  一審被告は、右の診療報酬点数として、別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載のとおり、再診料七〇点及び外来管理加算四二点の合計一一二点を算定したが、前回の再診料と今回の再診料合計一四〇〇円の三割に相当する四二〇円のみを一審原告に請求して受領し、その余の請求を忘れてしまった。

5(一)  一審原告は、平成八年一一月二六日、突然に甲野医院を訪れ、一審被告に対し、都立大久保病院で受けたレントゲン検査の結果を報告するとともに、先の大腸癌検診の結果を尋ね(この点は癌検診に含まれるため、無料である。)、さらに、子宮癌についての精密検査を受けるための紹介状の作成を依頼した。

そこで、一審被告は、前回の検査から約二か月が経過していたことから、改めて一審原告の子宮及び卵巣の状態を検査することとし、一審原告の了承を得た上、膣洗浄を行って再度超音波断層撮影を行ったところ、前同様に卵巣腫瘤を確認したが、特に変化を認めなかったため、それを写真に残すことはせず、癌研附属病院宛の診療情報提出書(紹介状)を作成して一審原告に交付した。その診療情報提出書には、「傷病名」欄に「卵巣腫瘍」と「紹介目的」欄に「良性(子宮内膜症)と思われますが、精査よろしくお願い申し上げます。」と記載されており、これに血液検査結果票が添付されていた。

(二)  一審被告は、右の本件保険診療における診療報酬点数として、別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載のとおり、合計一〇五八点を算定し、その金額一万〇五八〇円に前記3の時間外加算六五点六五〇円及び右4の外来管理加算四二点四二〇円を加算した合計一万一六五〇円の三割に相当する三五〇〇円(四捨五入)を一審原告に請求して受領した。

6  一審被告は、平成八年一一月初めに一審原告に関する同年一〇月分の診療報酬明細書(甲三)を作成して健康保険組合に提出したが、その診療報酬明細書には、初診一回二五〇点、再診二回一四〇点、外来管理加算一回四二点、時間外一回六五点、内服薬剤五六単位一〇三六点、内服調剤五×二回一〇点、処方二回五七点、処置一回四二点、検査六回一五二七点、合計三一六九点との記載があり、また、同年一二月初めに提出した同年一一月分の診療報酬明細書(甲四)には、初診一回二五〇点、外用薬剤一単位一三点、外用調剤二×一回二点、処方一回三一点、処置一回四二点、検査一回五〇〇点、その他一回二二〇点、合計一〇五八点との記載がある。

7  一審被告は、平成九年五月ないし七月ころ、他から「一審原告が一〇月一日には投薬を受けていないと言っている。」旨を聞かされたため、不用意にも、自己が作成した一審原告のカルテの平成八年一〇月一日欄の「Dysmenorrhea Rp 57 7.5 15 4cap×14」との記載の上に「×」印をつけたり、その横に「?」印をつけたりした。

以上の事実が認められる。

二  判断

1  平成八年一〇月一日分について

(一) 一審原告は、「別紙一覧表の番号①の末梢血液一般検査、末梢血液像、②の生化学検査、③のうちの腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定を受けることを承諾したことがないから、それらについての診療報酬の請求は不当である。」旨を主張する。

しかし、腫瘍マーカーCA一二五の測定を受けることだけを承諾したという一審原告の主張及び供述は、一審原告に医学的知識があるとは認め難いことからすると、かえって不自然といわざるを得ず、他方、腫瘍マーカーCA一二五とCA一九―九の精密測定を併用することには十分に合理的な理由があること(乙一六、一七、一九、二〇)によると、前記一2(二)に認定したとおり、一審被告は、超音波断層撮影(これを受けることについて一審原告が了承したことは、一審原告も認めている。)により一審原告に卵巣腫瘤を認めたため、その腫瘤が悪性であるか否かを判断するために腫瘍マーカーCA一二五とCA一九―九の精密測定を行う必要があるものと判断し、さらに、投薬前の一審原告の身体の状態を把握するためにも貧血の検査、総蛋白、GOT、GPT等の検査を行う必要があるものと判断して、その旨を一審原告に説明してその了承を得た上、一審原告から三本分の血液を採取したものと認めるのが相当である。一審原告の右主張は採用することができない。

仮に、一審被告が一審原告の明示を承諾を得ないで血液を採取し、右①の末梢血液一般検査、末梢血液像、②の生化学検査、③のうちの腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定を行ったとしても、一審原告は一審被告との間でいわゆる診療契約(準委任契約)を結んで診療行為を一審被告に委任しているのであり、受任者たる一審被告は、一定の範囲において自己の判断と責任により診療行為をし得るものであって、それらについていちいち委任者たる一審原告の明示の同意や承諾を得る必要はないのであって、右の末梢血液一般検査、末梢血液像、生化学検査、腫瘍マーカーCA一九―九の精密測定も、そのための血液採取が比較的人体に対する侵襲が少ないものであり診療報酬も比較的少額であって、通常は癌検診を受診に来て卵巣腫瘤を発見された一審原告の意思に反するものとは考えられないことからすれば、一審原告の明示の同意や承諾を得る必要はないものと考えられ、超音波断層撮影により一審原告に卵巣腫瘤があるものと認めた医師たる一審被告においてこれをし得るものと解される。そうすれば、この点からも一審原告の右主張は採用することができない。

(二) 次に、一審原告は、別紙一覧表の番号⑦の膣洗浄は行われていない旨を主張する。

しかし、一審被告の行った膣洗浄は、消毒薬をしみ込ませた脱脂綿でしばらくの間膣内を清拭するというものであって(一審被告当審第一準備書面)、この処置自体を一審原告が視認することはできないのであり(カーテンで仕切られている。)、そして、膣洗浄は帯下の多い患者に対しては超音波断層撮影に先だって通常行われるものであって(乙一〇)、一審被告においては超音波断層撮影をするに際して通常膣洗浄を行うというのであり(一審被告当審第三準備書面)、これに原審及び当審における一審被告本人尋問の結果を併せると、一審原告に対する膣洗浄は行われたものと認めるのが相当であるから、一審原告のこの点の主張も採用することができないものというべきである。なお、右の方法による膣洗浄についても診療報酬点数四二点を算定し得るものと解される(昭和三五年五月二七日保険発第六七号(乙一五の二五九頁)参照)。

(三) さらに、一審原告は、別紙一覧表の番号⑧⑨の投薬等は受けていない旨を主張する。

しかし、一審被告が作成したカルテの平成八年一〇月一日の欄には、前記のとおり、「Dysmenorrhea Rp 57 7.5 154cap×14」と記載されているのであり(この部分が鉛筆で記載されていること(ただし、右「14」はボールペン)をもって、後から書き加えたものと推認するのは相当でない。後日において投薬したように装うのであれば、むしろ鉛筆書きにはしないであろうからである。なお、一審被告の作成した他の患者のカルテにも鉛筆書きの部分がある(乙三〇)。)、そして、原審及び当審における一審被告の本人尋問の結果によれば、これは、ツムラの五七番である温清飲を一日あたり7.5グラムの割合で、また、コタローの一五番である黄連解毒湯を一日あたり四カプセルの割合で、それぞれ一四日分を処方した趣旨であると認められるから、そうすれば、一審被告は一審原告に対して漢方薬であるツムラの温清飲とコタローの黄連解毒湯をそれぞれ一四日分投与したものと認めるのが相当である。この点の一審原告の主張も採用することができない。もっとも、たしかに、この投薬の診療報酬点数については、一審被告は、原審準備書面(三)で五五四点(五一八点+三六点)が正しい点数であると主張しながら、その陳述書(乙一〇)では四二八点と述べ、当審においてはその本人尋問で四六八点と供述するなどしているが、この診療報酬点数に関する主張及び供述の変遷も、右の結論(投薬の事実の存在)を覆すには足りない。

さらに、この点につき、たしかに、一審被告は、右のとおり、診療報酬の自己負担分(三割)を一審原告に請求するにあたって、真実の診療報酬点数が四二八点(三六点+三九二点)と計算されるべきであるのに一一九七点(三六点+一一六一点)と計算しており、七六九点ほど過大に計算しているのであるが、しかし、本件全証拠によっても、これを一審被告の故意(詐欺の意思)に基づく不正請求であると認めることはできないものというべきである。前記認定の事実関係(特に、診療報酬明細書でも一審被告は薬剤の点数を間違えていること)や原審及び当審における一審被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨(特に、右のとおり、一審被告は原審準備書面(三)でも間違った点数を主張していたこと)からすれば、右は、一審被告が漢方薬の点数についての正確な知識を欠いていたこと等のために生じた単なる点数計算の誤算と認めるのが相当である。

(四) さらに、一審原告は、たとえ癌検診から保険診療に移行した場合であっても別紙一覧表の番号⑩の初診料を請求することは不当である旨を主張する。

しかし、仮に、同じ日に検診(自費診療)から保険診療に移行して保険診療を行った場合に保険診療についての初診料を請求することができないとしても(昭和二五年一一月二日保文発二八二一号(乙一五の一八頁)は、直接にこの点に触れたものではない。)(検診から保険診療に移行した場合に保険診療としての初診料を請求している医師もいる(乙三五)。)、本件全証拠によるも、一審被告がそれを知りつつ故意に(詐欺の意思をもって)初診料二五〇点を診療報酬点数に加算したことを認めることはできないから、この点の一審原告の主張も採用することができない。

2  平成八年一〇月一一日分について

一審原告は、「時間内に一審被告に電話をかけて検査結果が出ているか否かを聞いたにすぎないから、時間外電話再診料の請求は不当である。」旨を主張する。

しかし、一審原告が作成したカルテの平成八年一〇月一一日の欄には「TEL 2:00pm頃 結果説明 来院するように話す」との記載があり、また、前記一3に認定のとおり、一審原告は一審被告に対して本件保険診療によってされた血液検査の結果についても尋ね、一審被告は、一審原告に対して、軽い貧血である旨、食事については鉄分やビタミン類等を多く含むものを摂るようにする旨、腫瘍マーカーについては正常値の上限である旨を説明し、精密検査の必要性があることなど他に説明すべきことがあるので来院するよう指示していることが認められるから、一審原告は無料癌検診に含まれる細胞診についての検査結果を聞くにとどまらず、本件保険診療における血液検査結果についても尋ねて、それについて一審被告は一審原告に対して説明や注意、指示や指導をしているものというべきである。一審被告において電話再診料及び時間外加算を請求することは不当でないというべきである。なお、診療報酬点数表の再診料に関する注5にも「患者又はその看護に当たっている者から電話等によって治療上の意見を求められて指示をした場合においても、再診料を算定することができる。」と記載されている(乙一五の二〇頁)。この点の一審原告の主張も採用することができない。

3  平成八年一〇月二二日分について

一審原告は、「平成八年一〇月二二日には、大腸癌検診のための検体を提出し、その際に先の検査結果を聞いたにすぎず、検査結果の説明は検査に当然伴うものであり、新宿区の行う三種類の癌検診を受け終わるためには、一審原告においてまず受診し、その上で検査結果の説明を受けるなど、少なくとも三回は一審被告のもとに行く必要があるから、再診料及び外来管理加算の請求は不当である。」旨を主張する。

しかし、前記一4に認定のとおり、一審被告は、一審原告に対し、血液検査の結果について、数値を示しながら、肝機能は異常がない旨、軽度の貧血がある旨、腫瘍マーカーについては正常範囲の上限である旨、腫瘤はそれほど大きくはないが硬いので、大きい病院でCTスキャンやMRIなどの精密検査を受けた方がよい旨等を、他の患者の症例を挙げつつ重ねて説明して指導したこと、しかし、一審原告が一審被告の説得にもかかわらず精密検査を受けることを希望しなかったため、一審被告は、一般的な注意を与えて診察を終了(中止)とし、「異常なし」の欄に○印を付した「平成八年度新宿区子宮がん検診結果のお知らせ」と題する書面を一審原告に手渡したことが認められるから、一審被告は外来の一審原告に対して説明や指導をしているものということができる。したがって、一審被告が再診料と外来管理加算を請求したことは何ら不当ではないというべきである。前記診療報酬点数表の再診料に関する注1にも「入院中の患者以外の患者に対して、……を行わず、計画的な医学管理を行った場合は、外来管理加算として、42点を所定点数に加算する。」と記載されている(乙一五の二〇頁)。この点の一審原告の主張も採用することができない。

なお、癌検診(自費診療)における再診(本件においては、細胞診についてその検査結果を聞くことがそれに当たるであろう。)についてはその再診料を受診者に請求することができないことは明らかであるが(甲三七、三八)、本件で問題となっているのは癌検診(自費診療)から保険診療に移行した後の保険診療における再診ないしは再診料であって、これまで新宿区が負担して一審被告に支払うものでないことは明らかであるから(新宿区が負担する再診料は、右のとおり、癌検診についての再診の場合の再診料である。)、この保険診療における再診料は保険診療を受けることを承諾した一審原告において負担すべきものである。

4  平成八年一一月二六日分について

(一) 一審原告は、別紙一覧表の番号①の初診料の請求は不当である旨を主張する。

しかし、平成八年一一月二六日に行われた前記一5に認定の診療行為は、もはや癌検診における診療行為ではなく、保険診療に移行した後の本件保険診療における診療行為であって、かつ、前回の診療から一か月以上が経過した後の診療行為であるから(平成六年三月一六日保険発第二五号(乙一五の一五頁)参照)、保険診療における初診料を請求することは何ら不当ではないというべきである。この点の一審原告の主張も採用することができない。

(二) 次に、一審原告は、別紙一覧表の番号③の超音波断層撮影は行われていない旨を主張する。

しかし、一審原告が作成したカルテの平成八年一一月二六日の欄には「超音波検査 腫瘤確認」との趣旨の記載があるのであり、それが括弧書きされているからといって後日に書き加えられたものと認めるのは相当でなく(その括弧書きの体裁からしても後日に書き加えられたものとは認め難く、他にも括弧書きされた部分はある。)、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果によっても、超音波断層撮影は行われたものであってただそれが写真としては残されなかったものと認めるのが相当である(改めて癌研附属病院で超音波断層撮影等の精密検査が行われるのであるから、癌研附属病院のために写真をとる必要性はなく、また、一審原告が一審被告のもとから離れる患者であってみれば、当日の超音波断層撮影の写真を残しておく必要性も乏しい。)。一審原告の右主張も採用することができない。

(三) また、一審原告は、別紙一覧表の番号②の膣洗浄は行われていない旨を主張するが、前示のとおり、膣洗浄は超音波断層撮影に先だって通常行われるものであり、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果によっても、超音波断層撮影に先だって膣洗浄が行われたものと認められるから、一審原告のこの点の主張も採用することができない。

(四) 一審原告は、別紙一覧表の番号④の診療情報提供書(紹介状)の作成を一審被告に依頼したことはない旨等を主張する。

しかし、この主張にそう原審の一審原告本人尋問の結果は、原審及び当審における一審被告本人尋問の結果や一審被告が作成したカルテの平成八年一一月二六日の欄に「癌研 精査依頼」と記載されていること及び現に癌研附属病院宛の診療情報提供書(紹介状)が作成されて一審原告に交付されていることに徴しても、にわかに措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。むしろ、前記一5に認定のとおり、一審原告は、紹介状の作成を依頼するためにも甲野医院を訪れ、一審被告に紹介状の作成を依頼したものと認めるのが相当である。

なお、紹介状の作成が有料であることは当然であり、仮に一審被告においてそれが有料である旨の説明を一審原告にしなかったとしても、そのことによって紹介状作成の報酬が請求できなくなるわけではない。なお、また、右の紹介状は、「診療状況を示す文書を添えて」患者の紹介を行ったものといい得るものである。

5 結局、一審被告の別紙一覧表の「一審被告当日計算点数」欄に記載された診療報酬点数は、平成八年一〇月一日分の⑧⑨の薬剤等一一九七点及び同⑩の初診料二五〇点を除き正当な点数であり、右⑧⑨の薬剤等一一九七点のうち七六九点及び同⑩の初診料二五〇点についても、前示のとおり、一審被告がそれを過大な点数である又は請求できない点数であると知りながらあえて算定したとは認め難いから、一審被告の不法行為(詐欺)を理由とする本件損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく、棄却を免れないものである。

三  よって、一審原告の本件請求を一部認容した原判決は不当であるから、一審被告の控訴に基づいてこれを取り消し、一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・矢崎秀一、裁判官・原田敏章、裁判官・榮春彦は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・矢崎秀一)

別紙一覧表

一審被告当  一審原告主張点数

日計算点数

■八年一〇月一日

① 末梢血液一般検査 末梢血液像

六五 〇(承諾なし)

② 生化学検査

一七〇 〇(承諾なし)

③ CA一九―九精密測定

CA一二五精密測定

四五〇  三二〇(CA一九―九は承諾なし)

④ 血液学的検査判断料

一一〇 〇(承諾なし)

生化学検査(Ⅰ)判断料

一一〇 〇(承諾なし)

生化学検査(Ⅱ)判断料

一一〇   一一〇

⑤ 静脈採血

一二   一二

⑥ 超音波断層撮影

五〇〇   五〇〇

⑦ 膣洗浄

四二   〇(なし)

⑧ 処方調剤、薬剤情報加算

三六   〇(なし)

⑨ 薬剤

一一六一   〇(なし)

⑩ 初診料

二五〇 〇(請求不当)

以上小計三〇一六   九四二

■八年一〇月一一日

時間外電話再診

一三五(七〇+六五) 〇(請求不当)

■八年一〇月二二日

再診+外来管理加算

一一二(七〇+四二) 〇(請求不当)

■八年一一月二六日

① 初診料

二五〇 〇(請求不当)

② 膣洗浄

四二   〇(なし)

③ 超音波断層撮影

五〇〇   〇(なし)

④ 診療情報提供書(紹介状)

二二〇 〇(依頼なし)

⑤ 外用薬投与

四六   四六

以上小計一〇五八   四六

以上合計四三二一   九八八

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